めっちゃ女権社会

2018.05.12 Saturday 09:34
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    誰がいつ言い始めたことなのか分かりませんが、

     

    新潟では

    「杉と男の子は育たない」と言われてます。

    他県ではそういう風説ってあるんでしょうか。

     

    私は子どものころから

    聞いていたという記憶があります。

    大人になってからも、

    時折、耳にしました。

     

    つまりは、

    周りにいた婆さまがたが

    居間で話していたんでしょうねえ。

     

    私は女の子だったから

    耳に入っても

    自分のことじゃないわと聞き流せていましたが、

    そばに男の子がいでもしたら、

    非常に気の毒でしたよね、

    そこには男の子は誰もいなくて、

    聞かせていなかったと思いたいです。

     

     

    で、

    なんでこんなふうに言われるのかと

    未だに気にしていて時々思い出すのですが、

     

    もしかして

    婆さまがたは、

    男は役にたたない、育たないということを

     

    蔭に回って井戸端でしゃべくっていたということ、

    なんでしょうかねえ。

     

    女がしっかりせねば、という確認をし合っていたのか?

     

     

    わかりませんが、

    男ではなくとも、

    そういう婆さま方のしゃべくりを

    イヤなもんだと子ども心に思っていました。

     

    私の祖母と時々喋りに来るおばさんは、

    義理の姉妹だったので、

    (おじいちゃんとそちらのだんなさんが兄弟)

    留守の間に

    そういうことを談義していたのかもしれません。

     

    この祖父たちはとても大人しい男性で、

    それを祖母たちは

    どうにかならないもんかと嘆いたのかもしれません。

     

     

    で、

    時は過ぎ、

    この間、またこの言葉の背景や理由を考えていたのですが、

    (うちの男衆もわりに大人しいのです)

     

    裏を返せば、

    ここ新潟という所は、

    女権の社会なのではないかと思ったわけです。

     

    うちのように自営であろうとなかろうと、

    女性が強い職場であろうとなかろうと、

     

    こと家の中で

    非常に女性の力が強いことを物語っているのでは?

     

    ということに思い至りました。

     

     

    卵が先か、ニワトリが先かの論争みたいですが、

     

    男が育たないというよりは、

    女が強くて男をたてられないのでは?

     

    そんな気、しませんか?

     

     

    男が仕切り、女が従うようなご夫婦も知っていますが、

     

    わたしの周りにはどういうわけか、

    特に女性が力を持っているように拝察する

    ご夫婦が多いような気がします。

     

    類友だから・・・。

     

     

    たとえ旦那さんが力を持っているかに見えても、

    奥さんには強くても

    お母さんには頭が上がらないようだ、とかね。

    (それはどこでもあることでしょうけど)

     

    まあ、

    いろいろな関係があっていいのですが、

     

    そういうのはあったとしても、

    蔭で

    「男はだめだ」とか言ったりしているのは

    いかんね。

     

     

    とかいって、私も同じような輩ですが、

     

    役割分担から言っても、

    男には世に出て立ってもらいたいと願います。

     

     

    男の人は女より、優しいので

    優しさに付けこむのが女のずるさで、

     

    そこを

    女に付け込ませて責任逃れをしようとする男は

    さらにどうしようもないわけですが、

     

    双方、

    しっかりと

    自分の持ち場を確立していきたいものです。

     

     

    で、

    女権社会は長年の積み重ねなので、

    価値観の逆転や

    権威の譲渡はそうそうかんたんではないし、

    そういう力関係ができたのは理由があるので、

    すぐには変わらないけれど、

    「うちのお父さんはほんとにもう、、」みたいな

    嘆きを子に言うようなうっぷん晴らしは

     

    子どもの素直な成長を阻害しますので、

     

    気がついた時点でやめることをお薦めします。

     

    じゃあ、どうしたらいいのかーっと

    更に嘆きたくなるのもわかりますが、

    子どもの為にはまったくなりません。

     

    子どもは親を信じているので。

     

     

    卑近な例でいつもすみませんが、

    私の母がそういうタイプで

    私は素直に父や母を尊敬できずに育ってしまいました。

     

    しかも

    いまだにそういうことを私に言ってきますが、

    味方が欲しいのでしょうね。

     

    だけど、いつまでも喧嘩しててもね。

     

    そんな時、

    父をしのぐことは

    (あくまでも母の自己申告ではあるけれど

    そんなに自慢するようなことなのか、

     

    いつか真顔で

    問いただしてしまいそうな自分がいて

    ちょっとコワいです。

     

    子どもをだしにしないでね。

     

    どっちも大好きなのだから。

     

     

    女にしておくのは惜しいという人が

    たくさんいたんでしょうね、にいがた。

     

    だけどぐっとこらえて蔭でなんかするしか

    方法のなかった時代のハナシ。

     

     

    謙信さんだって、

    虎千代という女の子だったとか。

     

    真偽のほどはわかりませんが、

    もしかしたら忍従の地にいがたには

    そういう土地のエネルギーがあるのかもしれません。

     

    これからは

    もう少し違う方法を試して

    女の子もたくさん活躍してほしいです。

     

    そして男女仲良く。

     

     

     

     

     

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    松村先生三次元ホロスコープ

    2018.04.24 Tuesday 03:57
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      おはようございます。

      ひじょうに朝早いですが、最近眠りが浅くなり、

      一度目が覚めるといろいろと考えてしまって

      眠れなくなりました。

       

      でもですね、元気ですよ。

       

      今日は東京で開催される松村先生のホロスコープリーディング講座に

      行くことになっているんですねー。

       

      久しぶりの東京勉強なので楽しみですー。

       

      2月の末に偶然に見つけまして速攻で申し込みを

      済ませました。

      一番乗りでしたよ。

       

      あれから2か月・・・。

      いろいろと状況が変わってきて、

      先生に何をお伺いしたらいいのかはわからないままでしたが、

      ようやく

      感じとってきたように思います。

       

       

      いろいろ・いろいろ・いろいろーーーーーっとありました。

       

      そんな私がこれからはなにを行なえば、

      大往生できるのでしょうか?とおききしようと思います。

       

      ドラゴンテイルに土星が乗っているので、

      前世から来世への架け渡しだなと少々はわかっていますが、

       

      実際のところ、それは何をどうしたらいいんでしょうね。

       

      いや、生きていることがそもそも

      前世から来世への架け渡しだけども・・・。

       

      悔いのないように生き切りたいのです。

       

       

      お迎えの時期は正直いつになるかわかりませんが、

      自分でよしと納得できたときに

      ちゃちゃっと迎えの船が来てくれると信じています。

       

      わかってますと言った方がいいか。

       

      ですから、

      それまでは何としてもテイルの8ハウス土星案件を

      あの世(ヘッド)へ引っ張っていきたい。

       

       

      松村先生は俗世のご質問にはあまり食指をお持ちでないと

      お聞きしたことがあります。

       

      私は以前も一度、リーディング講座でお伺いしたのですが、

      やっぱり

      そんな印象を受けましたよ。

       

      今回、

      ふたたび先生にお伺いするにあたって、

      以前の録音を聴きかえしてみました。

       

      三次元ホロスコープだったので、

      私は通常のホロスコープだってよくわかんなかった状態で、

      まあよく行ったよね、

      とは思います。

       

      が、

      普通のはやっていらっしゃらなかったので、

      あれでいいんです。

       

      それで、

      今ですね、聴きかえしたところ、

      2015年11月29日でした。

       

      当時はまーったくチンプンカンプンでしたけれど、

      いま聴きかえしてちょっとだけ合点がいったことも事実。

       

      それでもって、

      これから少しは生かせそうです。

       

      三次元のチャートは

      今世、生まれてきた目的という観点から読み解くのだそうで、

       

      私は地球ポイントが獅子座の10度で、

      そこに金星がオーブ3度でコンジャンクションしてます。

       

      こういう人はそもそも地球に生まれて来た目的に、

      金星が関与しているのだそうです。

       

      通常チャートでも金星は非常に目立つところにあり、

      フラグが立ちまくっているのだそうですが、

       

      両方総合してみても、

      私の場合は金星問題で(つまり愛情・金・コミュニケーション)

      それを目的として携えて来たんでしょうね。

       

      先生に「今後、なにをしていきたいんですか?」と問われ、

       

      私は意味がわからないのですが、

      リトリーバルに興味があること、

      土地の想念を上げること、と言いました。

       

      先生は「土地の想念を上げるって、土地をこう、リトリーバル

      するってこと?」と興味を示され、

      「おもにどういう所を回りましたか?」と問われました。

       

      そこで知ったのですが、

      リトリーバルって個人の魂の救済なんですね、

      土地の想念というのは、土地の持っている情報を回収するのかなと

      思いました。

       

      私のへリオセントリックチャート(三次元ホロ)の特徴は、

      水星冥王星のオポジションがあり、表面のどこかに穴をあけて

      より下の方、奥の方へ入り込んでいく。そして

      表向き見えないものを掘り下げていく意味があり、

       

      その時、水星冥王星だけだとずっぽりはまって抜け出せなく

      なるけど、

       

      そこを火の三角形(グランドトライン)が包囲していて、

      カイト状になっているから、

      ある種の浄化力で

      ずっぽりはまっても火の浄化力で保護する感じになっていく。

       

      火の力に支えられつつズブズブ深入りして、

      奥にあるものを引っ張り出す。

       

      その時に例えば、土地をまわって(ふつう、リトリーバルは

      個人の救済なんだけど)

      土地でそれをやるって言った時に、

      土地が持っている膨大な情報(ここに蟹座の3度の土星)があるので

      そう言う風に広い伝統とか、場所とか広大なものを拾っていく。

       

      土地の濃さというのは、土地で違っていて、

      土地の集団意識を探索するのは面白そうだね、

      というか、ヘビーだけど、

      そこを火の三角形が助けている感じになっている。

      引きずり込まれ過ぎないように安全装置がついている。

       

      面白いのは風の三角形もあって、

      人脈とか友達とか、人の広がりがあることを指す。

       

      ***************************

       

      結構端折りましたけどこんなことを言ってくださいました。

       

      通常のチャートとヘリオはまあまあ似ているのかもと

      思います。

       

      ヘリオの方が、人生のより後半からのことを扱うので、

       

      人間的なあれこれがひと段落したときに

      見てもらうといいのでしょうね。

       

      わたしはまだまだなのですが、

      それでも今後の展開図が少し感じとれたと思いました。

       

       

       

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      生粋のヒーラーと母の愛

      2018.04.18 Wednesday 09:19
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        おはようございます。

         

        毎日およそ一定の数の方が訪れてくださり、

        ブログをご覧くださっているんですね。

         

        励みになりますありがとうございます。

         

        とは言っても、

        そこに一喜一憂してもと思っておりまして、

        ほとんどアクセス状況を見ないようにしておりました。

         

        毎日、

        見に来てくださっているのかそれともたまたま

        たどり着いてくださったのかは拝察できませんが、

        とにかく有難いことと思います。

         

        いろいろとオープンに書き過ぎなのでしょうが、

        そもそも、

        しゃべることがわんさかあっても

        しゃべることができなくって具合を壊したこともあり、

         

        これからは

        差し支えないと自分で思う範囲のことは

        なんでもしゃべくりたいと思っています。

         

         

        さて、

         

        ヒーリングサロンをやりたいですとか言っている割には、

        私自身がまだ癒しの途中です。

         

        このことについてヒーリング・癒しをしてきている方は

        あるあるなハナシですが、

        終わりがない世界です。

         

        どこまでいっても完全に癒されることはない、

        といっても過言ではないほどに、

        奥が深いというか、

        果てしのない境地だったりもします。

         

        なので、

        癒している途中の人が(わたし)、

        癒しを必要としている状態の人と出会って

        ことを起こすのは仕方のないことと言えます。

         

        その方がどのあたりの状況にいらっしゃるのか

        およその見当がつきますので、

         

        自身を癒している途中の私でも

        お役に立てる分野はたくさんあるのです。

         

        ところが、

         

        先日のことになりますが、

        うちのお店のスタッフを見て、改めて思いました。

         

         

        この人こそ圧倒的な癒し手だと。

         

         

        めちゃくちゃピュアというか、クリーンなのです。

        接しているととっても癒される。。。

        素晴らしい能力というか、存在なのでした。

         

         

        彼女は癒しという風には意識していないと思います。

        ただあるがままなのです。

         

        いいなーあるがまま。

         

        あるがままで癒し手って、

        ほんとうにうらやましいくらいに素敵ですね。

         

        で、

        実はそういう種族(って呼んだら失礼かな?)の人々は

        わりと

        どの職業にもいらっしゃるのではないでしょうか。

         

        思い出してみてください、

        いませんか、そういう人。

         

        いるだけで癒されるわーと感じる人っていますよね。

         

        そういう存在に私もなりたかったわけですが、

         

        ちょっと無理でした。

         

        私とてそれなりに、

        癒されるーと言ってくださる方もいるけれど、

        そんなもんじゃございません。

         

         

        こんなにもあれこれ沼に潜りすぎてしまいまして、

        生まれたまんまの赤ちゃんの無垢はとうに

        無くなってしまいました。

         

        が、

        先ほども申しました通り、

         

        沼から這い出てきた私は、

        自分を癒してきたと多少なりとも思っているので、

         

        どのあたりかで潜っていらっしゃる同志のことは、

        わかりますですよ。

         

        なので、

        癒し手といっても二通りあるのですね。

         

        生まれながらの無垢なヒーラーと、

        泥沼から這いつくばってでも漕ぎ出てきた

        ヒーラーと。

         

        彼女を引き合いにだしましたが、

        私はこれしかないあるがままなので、

        ごらんの通りでいきますよ。

         

         

        さてはて、

         

        美容師さんも癒し手であったほうが

        お客様に目には見えないサービスでご奉仕できるので、

        圧倒的に有利ですね。

         

        愛される美容師ってそう多くはいないかもしれませんが、

        (あ、ごめんなさい、たくさんいます。

        そもそも人気商売ですからね、認識まちがいです。)

         

         

        愛される人って一緒にいて心地よくて

        癒してくれる人なのは、恋人でもサービスマンでも

        同じことで。

         

        彼女を見て勉強になりました。

         

         

        どの子がそうなの?やってもらいたいわーと言う方は

        ぜひご連絡をいただけたらと思います。

         

        まだデビュー前の卵ですが、

        スタイリストになった暁にはこれまた筋の良い、

        品の良いお客様がついてくださることでしょう。

         

        先輩スタッフも大切に育ててくれており、

        先が楽しみであります。

         

         

        さて、

        肝心の私の方はと言いますと、

        娘の不登校状況は依然として続いておりまして、

        昨日、

        学校へお伺いして改めてのご相談のお時間をいただきました。

         

        校長先生までもがお目見えになり、

        はなはだ恐縮しましたが、

        たいそう親身に、一丸となって家庭を支援して下さることが

        肌身に染みて感じられ、

         

        世間のありがたさをこれでまたひとつ、

        知り直したように思いました。

         

        この一週間、私はきりもみ状態で正直しんどさが

        募りましたが、

        それによってまた少し親の任務を理解したように

        思います。

         

         

        ずっとずっとそばにいて守ってやれればこんなに

        悩みはしないのでしょうが、

         

         

        ね。

         

        どの親御さんもきっと同感してくださるのではないかな。

         

         

        母の愛をどのように伝授していけるのかと、

        そういう気持ちで日々、考え続けています。

         

        大切に育てるってなにをどうすればよいのだろうと。

         

         

        昨日、娘も連れだって花見に行きました。

        すっかり散ってしまった後で、

        僅かながら残っていたのを

        彼女が撮った桜はこんなで、

         

         

         

        なんだか夫と私の間に咲くけなげな様子が

        彼女そのもののように見えました。

         

        そういうことも

        疲れの原因であることは

        知ってはいるのです。

         

        そうです、そうそう、

        彼女の癒しに寄り添えばいいのでしょうね。

         

        書いててわかりました。

         

        よおーし。

         

         

         

         

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        待乳山本龍院

        2018.04.17 Tuesday 08:22
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          おはようございます。

           

          もうふた月ほど前のことになってしまいましたが、

          東京へおまいりに行ってきました。

          そのときのことを書いておきます。

           

          浅草の観音さまと待乳山聖天の二か所に行きました。

           

          浅草寺は有名ですね、

          お江戸郷愁ただよう古き良き仏閣。

           

          いつ行っても賑やかですが、

          気持ちの良いのどかな町ですね。

           

          この日も本堂へ上がらせていただいて

          こころ静かにおまいりさせていただきました。

           

           

          ヒーリングやタロットリーディングで

          お仕事をさせていただく決意をしたところでしたので、

          そのお願いもありましたし、

          昨年に得た病気の回復のお礼もあって

          お伺いしたのですが、

           

          お辞儀をしたところで、深く頭を下げる低頭の姿勢を

          取るようにいわれました。

           

          私の首筋、それから背骨の上の方を

          金の光とお力でなでていただきました。

           

          そこのエネルギーの出入りを保護し、

          必要に応じて使用するのだという感覚がわかりました。

           

          見えないですが、

          そこからこう、

          羽根を生やしていただいたような気持ちになりました。

           

          背後の守り、だったかな?

           

           

          浅草観音はこのような感じでした。

          待乳山聖天はもう少し、というかかなりひっそりと

          している仏閣で、

          いつ訪ねても落ち着いた穏やかな雰囲気です。

           

          こちらも本堂へ上がれますので、

          ご自分のペースで読経や黙想している方を多く

          お見かけします。

           

          わりと知る人ぞ知るという感じのところです。

           

          男性で熱心におまいりされている方もお見受けしますが、

          おもに女性が願い事をしに来るところのようで、

          女性のさまざまなお悩みに霊験あらたか、という

          評判のよう。

           

          御本尊のことを今回改めてお伺いしたところ、

          インドのガネーシャ神(一応男神)と

          寄り添う十一面観音さま(いちおう女神)だそうです。

           

          インド由来の男神は

          たいそう力がお強くていらっしゃるために、

          それを和するかたちで

          十一面観音さまがいらっしゃるのだと、

          住職さんがおっしゃっていました。

           

          十一面観音さまといえば、

          シリウスの白い光の女神だという説があり、

          イシスからのマリアという考えがあります。

           

           

          このところ身辺の経緯には、

          こちらの聖天さまのお導きがあったと思っており、

          健康回復の道筋を信頼することができたことに

          感謝申し上げました。

           

          待乳山本龍院というんですね。

          ご厚意でお下がりをいただきました。

           

           

          二つ入っていて、

          家に帰ってもう一つを開けてみると

          凝った焼き印。

          思わず、おおー。

           

          交差する大根と巾着ぶくろが

          待乳山の印だそうです。

           

          あらためて自宅でも

          お供えしてたまあげのお祈りをしました。

           

          やっぱりね、

          私のところへは女性のお悩みが集まってくるので。

          お下がりは有難いお計らいに思うのです。

           

           

          そうそう、

          浅草寺のおみくじって、

          大吉だってありますが、

          いつだってまず辛口で、

          今回ひいたのも「末小吉」でした。

           

          だけど、

          それ相応に

          身を引き締めてかからなければならない

          我が家の状況がありますので、

          それは当然といえば当然の結果だと受け止めます。

           

          火事の後におまいりだったので、

          それはそうだよねーと一同、納得!

           

          凶を引いたこともあったので、

          そこから回復傾向にあるんじゃないかなと

          楽天的に考えています。

           

          そしていつもながらとっても的を射たご託宣でした。

           

          (ヨレヨレで失礼します。。)

           

          家道荊棘を生ずも

          兒孫虎の威を防ぎ

          香前に福厚を祈らば

          分離を免るるを得ん

           

           

          ー家業・家庭に茨のごとく障りありて、

           思うようにならぬていだが、

           虎は威勢を専らにするもの。

           あなたがたで威を防げば無事。

           信心強く誠をつくせば末は良いことも来ます。

           香の前に福の厚からんことを祈れば、

           離れる運命の人ともそうならずにすむでしょう。

           

           

           

          いろいろあるけど皆で気持ちを合わせて

          天のご加護もいただきがんばりましょう、って解釈しました。

           

          威を防ぐってどうすればいいのかは、、

          こんど観音さまにお尋ねしてみようと思います。

           

           

          よそさまだっていろいろとあるんだもの、

          うちだってこれしきのこと・・・

          いわば学びの一環ですよ、

          と思うのでした。

           

           

          気を確かに☆☆☆

          と自戒をこめて今日は終わります。

           

           

          category:おまいり | by:comments(0) | -

          悔やんだものの そのつぎ

          2018.04.14 Saturday 11:18
          0

            生きづらさを抱えた人が大勢いて、

             

            だけど本当は

            周りにはいじわるをしてくる人なんて、

            それほどの数、いるわけじゃない。

             

            もしかしたら皆無、かもしれないです。

             

             

            なのに、

             

            生きづらさを抱えた人が大勢いるのは

            なぜだろう。

             

             

            周囲の目や世間体、

            そういうものが気になって仕方ないということも

            あるけれど、

             

            じつは

            近くにいて寄り添ってほしい人そのひとが、

             

            信じられないとかそういうことなのだと思う。

             

             

            どこか遠くのひとが自分をどう思うかなんて、

            まず気にしなくていいし、

             

            気にしていたら身が持たない。

             

             

            だけど、

             

            近くにいる人で、

             

            分かって欲しい、

            分かってくれるんじゃないかと願っていた人が

             

            じつは

            いちばん分かっていなかったり、

            アリエナイことを言ったりやったりしてくるものだから、

             

            そのことにいちばん傷ついているのではないだろうか。

             

             

            だから生きづらいのではないかな。

             

            人って信用できないと思うのでは、ないかな。

             

             

            アリエナイ出来事があった時、

            わたしたちは

            おのずと身を守り、

            こころが傷つかないように構えてきました。

             

             

            そうして、

            いつしか身も心も

            厚いよろいをまとってしまったのではないかな。

             

             

            だけど、

            それは相手の問題であって

            あなたの問題ではない。

             

            あなたの問題ではないんですよ。

             

             

            こんなにも時が経ってしまったけれど、

            まだ遅くはない。

             

             

            これからは、

             

            信頼したかったあの人を信じられなかったこと、

            アリエナかった数々の出来事を

             

            悔やんでも悔やみきれないかもしれませんが、

             

            哀しいけれども

            心の深くでよしよしして、

             

            もういちど誰かに心を開く取り組みをはじめよう。

             

             

            そうしたら、

            今までとは違う、

            あなたが心の底で望んでいた、

            ほんとうに持ちたかった温かな信頼関係を

            築くことができるかもしれないから。

             

             

             

            じぶんをよしよしできるってかなりつよいのだ・・・。

             

             

             

             

             

            category:光のお仕事 | by:comments(0) | -

            変容と現実化

            2018.04.11 Wednesday 09:19
            0

              おはようございます。

              お店のドアにチラシを置いておりますが、

              ポツポツと持って行っていただいているようです。

               

              万代から駅前に歩いていく際には

              ブランシュの前の小路を通っていくことになるので、

              人目には触れる路面店ですが、

              店の目の前を通るわけではないので、

               

              気になってわざわざ見に来る方か、

              近くの飲食店の行き帰りに足を止める方などが

              持って行っていかれているのでは

              ないかなーと思っています。

               

               

              ヒーリングメニューのご予約が入って嬉しいです。

              何をするの?と、

              まだまだ認知がこれからな分野だと思いますが、

               

              目には見えないエネルギーを扱いますので、

              人間の表面意識には上がっていないレベルのところで、

               

              ブロックになっているエネルギーやらを取り除くことを

              高次の手助けの存在にやっていただくのを

              お願いすることになります。

               

              ただ、

              高次とはいっても、

              その方にも高次レベルのエネルギーとつながる部分が

              ありますので、

               

              ほんとうのところは、

              その方の高次のエネルギーとつながっていただいて、

               

              ご自分のことをやっていただく、のです。

               

              わたしは仲介と翻訳をさせていただきます。

               

              ただ、

              普段、日常を暮していても

              そういうつながりや、つながりの持ち方などは

              ご存じなくいらっしゃると思いますので、

               

              安全にエネルギーを取り扱える場を

              ご用意しています、というのが

              ヒーリングサロンです。

               

              エネルギーの手当てとか手術のようなものですかね。

               

              で、

              なんでもそうなのですが、

               

              目に見えない世界の方が先で、

              現実化は後です。

               

              後から現実がついてきます。

               

               

              例えば、

              グラハムベルが

              電話を想像して、それを現実に創造したのは、

               

              先に目には見えない電波を捉え、

              それを目に見える形の電話回線にしたということでした。

               

               

              心得た方ならば、

              先に想像があって、

              後に創造があることは既知の事実ですが、

               

              そうやって

              ご自身のエネルギーを変容させることで

              現実を変えていくお手伝いが

              できるのは、嬉しいことだと思っています。

               

               

              エネルギーヒーリングのご予約をいただいたので、

              今日はこのことを書いてみました。

               

               

               

              エネルギーの変容は、

              たましいの質を上げることですので、

               

              たまあげ!そのものだと思っています。

               

               

               

               

               

              category:光のお仕事 | by:comments(0) | -

              なくならないもの

              2018.04.09 Monday 10:33
              0

                先日、お話をした方が言った言葉。

                 

                「その旗をさっさと取ればいいのに、と思ってしまう。」

                 

                「お母さんのゴール。」

                 

                 

                ええ、ええ、そういう考え、わかりますよ。

                 

                自分が取れる事ならさっさと取ってます、

                自分じゃない誰かだから

                代わりに取ってやれないし、

                だからじりじりする。。。

                 

                 

                で、

                あれこれとその方とお話をしているなかで、

                そもそも、

                お母さんのゴールってなんだ、とか

                ゴールってあるんかな?とか

                 

                そういう感じの終わりになりました。

                 

                いろんな考えがあると思いますが、

                 

                産んで終わりじゃないかとも思う。

                 

                産んで、その後もいろいろと

                母にはやって上げなくてはならないことが

                たくさーーーんありますが、

                 

                責任、という意味合いでゴールという言葉を

                使うと、

                この世に産んで出したことで生物学上の親の務めは

                終わりといってもいいのかも。

                 

                社会的な責任ということでは、

                一人前に育つまでは、という感覚は

                どの親も持つべきかと思うけれど、

                 

                それだって、

                子どもの決めてきた青写真と

                それにともなうルートなんかが

                割に大きいウェイトを占めているのでは、と

                 

                なるべく心の重荷を軽くしたいがために、

                そんな風に

                思い直してみたりしました。

                 

                親の務め、責任ってなんでしょうね。

                 

                手伝うけれど、

                あなたの人生はあなたがデザインしてください、

                 

                そのくらいな適当さで

                おのおのが自立できると

                心が軽くなっていい気持ちが

                しませんか。

                 

                足りないとか、

                競争して勝ち取るとか、

                 

                そう言う風な焦りで動かされている

                こともなきにしもあらず。

                 

                昨夜、そういえばこんなメッセージのカードを

                引いたんだった。

                 

                 

                 

                 

                カードの表には、

                 

                必要なものは

                わたしを含めたすべての人に

                あり余るほど 豊富にある

                 

                 

                と書いてありました。

                 

                ルイーズヘイ パワーカードより

                 

                 

                 

                 

                category:- | by:comments(0) | -

                切り分けるとはなす

                2018.04.09 Monday 06:39
                0

                  おはようございます。

                   

                  桜は咲いたのだけど、まだまだ寒いので

                  咲いたままキープされています。

                  今週はどうでしょうか。

                   

                   

                  金曜日は中学校の入学式でした。

                  お蔭様で出席することができました。

                   

                  主任の先生が、

                  「親御さんの大切な宝物をお預かりします」と

                  お話しになっていました。

                  とても心あたたまる気持ちがしました。

                   

                  親としてはそれぞれの子どもに、

                  「あなた自身が自分を宝のように扱い、

                  この世の唯一無二の存在として

                  どのような道を歩むのか、

                  それを知り、自分に与えてね」と

                  伝えることができたらと思いました。

                   

                  先生や来賓の方がはなむけの言葉を

                  言ってくださっていましたが、

                  それらは

                  13歳の子どもたちに対するものではあるけれど、

                   

                  じっさいは、

                  いい年をした私たちにも

                  とてもタイムリーに思えました。

                   

                  つまりは、

                  私は中学生が学ぶようなことを

                  知らずに大きくなってしまったのかも、というような

                  気持ちがしました。

                   

                  困った時には周りの人に相談できる人になって、とか

                  仲間と助け合い、協力し合って頑張る、とか

                  自分の進む道を模索する、とか

                   

                  まあ、

                  中学生に限らずに

                  人は大人になってからも

                  そういう分野を充実させるべく

                  社会でやっていくのですが、

                   

                  身体は大人であっても、

                  心が子どものままである場合は、

                  そういうことをあまり重要だとは思えない、と

                  いうことはあるみたいです。

                   

                  人に言うのはたやすいのですが、

                  こと

                  自分がそういう人になっているのかというと、

                  なかなかそうではなかったなーと

                  思いました。

                   

                   

                  このところ、

                  人と腹を割って積もる話をしているのですが、

                  私自身がそうだったけれど、

                  周りの女性たちもまた、

                   

                  心の内側で何を感じ、

                  どう思っているのかを話せるところが

                  ないのだなーとわかりました。

                   

                  ただの茶飲みばなし、井戸端会議ができていれば

                  こんなことにはならなかったのだろうけど、

                   

                  難しい話になればなるほど、

                  話せる場が限られてきます。

                   

                  だけど、

                  その内側で感じる話を

                  どこかに解き放つ必要があるのではないでしょうか。

                   

                  自己処理できるようになっているなら

                  相手を必要としないのでいいのですが、

                   

                  なかなかそこまでにはなりませんもんね。

                   

                  自己処理の仕方を学びつつも、

                  その時々に応じて、

                  外へ解き放つ作業が必要です。

                   

                  それが、

                  話す 離す 放す

                   

                  なんだなー。

                   

                   

                  みずがめって切り離すことにかけては

                  キレきれです。

                   

                  今週もいろいろと

                  取捨選択し、切り分わけてまいりましょ。

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                  category:あれこれ話 | by:comments(0) | -

                  毎日をこころゆたかに過ごす

                  2018.04.06 Friday 07:37
                  0

                    おはようございます。

                     

                    新潟の桜は咲いたのですが、

                    ここ数日寒くなったのでそこでとどまっているようです。

                     

                    週末まで持たせようという采配でしょうか。

                    明日明後日は人出があると思うので、

                    多くの人が楽しめるといいです。

                     

                     

                    昨日は友達にお願いしてネイルメニューのモニターに

                    なっていただきました。

                     

                    人さまの手を扱うのは10何年ぶりなので、

                    ちょっとどうかなーと思っていましたが、

                    だいじょうぶでした。

                     

                    マニキュアをほとんどしない、と言う方にも

                    ぜひサロンケアの体験をしていただきたいです。

                     

                    じつはお友達もそういう方で、

                    ネイルするなんて

                    ご自身の結婚式以来だわと仰っていましたが、

                    たまに主婦も、

                    お母さんも、

                    自分の為のゆったりした時間を持つことは

                    たいせつなのだと思います。

                     

                    ついつい、

                    こんな手と爪じゃあ、、、と思ってしまうものですが、

                    最初はだれでもそんな気持ちです。

                     

                    が、

                    いつもの暮らしに少し退屈したらとか、

                    少し気持ちにゆとりが出てきたら、

                     

                    改めてご自身のための

                    心地の良い体験をしてみるのもいいのではないかな。

                     

                    新潟では特に、

                    まじめにがんばってきた女性が多いけれど、

                    まじめを超えて、

                    あそびのゆとりを持つのもそろそろ・・・。

                     

                     

                    だって、

                    子どもの為、家族の為にばかりじゃあ、

                    続きません。

                     

                    ええとそれで、

                    昨日のお友達は、

                    「たのしかったー」というご感想でした。

                     

                    よかったね!

                    お役にたてて光栄です☆

                     

                    そんな感じで、

                    サロン、ぽつぽつと始まっています。

                     

                    ネイルケアまたはネイルカラーは、 

                    40分〜程度のお時間で4000円頂戴します。

                     

                     

                    心地の良いスペースをご用意してお待ちしております。

                     

                     

                     

                    category:光のお仕事 | by:comments(1) | -

                    ちょうどな情報

                    2018.04.04 Wednesday 23:19
                    0

                      こんばんは。

                       

                      そろそろパソコンを買い替えないといけないかもです。

                      ちょっと身を入れて書くと、

                      やり直しを言われるようになってしまって。

                       

                      あまり面倒なことは書かない方がいいということ?

                      でしょうか。

                      ソフトな話題を心がけましょうか。

                       

                       

                      昨日は暖かくて、桜のつぼみが一気にほころんで

                      第一陣目の花見日和となりました。

                       

                      私は白山公園の間近にすんでいるので、

                      火曜日でしたし(店は火曜定休)夕方からいそいそと

                      コンビニのつまみを用意して、

                      散歩がてら見に行きました。

                       

                      どこの桜が一番好きかって、

                      それはもう地元徒歩数分の白山さまに決まりです。

                       

                      今年もこの桜が見れるとは、

                      ちょっと思えないくらいに、

                      残りの時間を悲観していたので、

                      まさかこんなに元気で何事もなかったかのように

                      花見ができているなんて、、、と

                      感慨深いです。

                       

                      車いすで息子に押してもらってなら見に行けるかな、

                      くらいに人生の終末期を予想していましたので、

                       

                      なにがどうしてこんなことに、と

                      自分でも思いますが、

                       

                      いろいろな方々にお世話になったのと、

                      見えない世界の助太刀のおかげと、

                      手前味噌ですが自分を自分で癒したのが

                      相まって

                      こういう不思議体験ができたんじゃないかなと

                      思っています。

                       

                      いろいろと、

                      わかったので、

                      こういうのが必要な人が聞きに来てくだされば、

                      時々に応じて、

                      ちょうどな情報をお伝えできることと思います。

                       

                      なにが出て来るかは私にも予想不能ですが、

                       

                      こたえはその方ご自身のなかにあるので、

                       

                      そっとていねいに探るのをご一緒させていただくのが、

                      わたしのいる意味かと思います。

                       

                       

                       

                      category:あれこれ話 | by:comments(0) | -

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